まともがわからない

虚実半々くらい

ざくろ幻想

「赤い果物って言えば皆んな林檎を思い浮かべるんだろうけど、割ってしまえば中身は真っ白じゃない。それって金メッキのアクセサリーみたいでつまらないわ」そう言って少女は手に持っていた真っ赤な球体にかぶりついた。球体から吹き出した飛沫が少女の頬を汚す。そのベットリとした液体に夕日が反射して鮮血のようにてらてらと光る様を、私は何も言わずじっと見つめていた。

 

初めて石榴を食べたのは小学生の時だった。

とある日の休憩時間、クラスの女子数人に体育館の裏に連れて行かれた。

淡い期待と少しの不安を抱えながらついていくと、女子グループの一人から小さな粒を差し出された。大きさはとうもろこしの一粒大くらいだろうか、レゴブロックのサイレンのパーツにも似たその赤い実を、皆がフリスクでも食べるように次々と口に入れていく。

「食べてみて」そう促され、恐る恐るその初めてみる物体を口に含んだ。

舌で転がすとキャンデーのような食感。しかし噛み砕くとぷちんと弾け、中から濃密な甘酸っぱい果汁が溢れ出した。おいしい、私はすぐにその酸味の虜になった。

「これは石榴っていう果物の実なの。この校舎に一本だけ石榴の木があって、その場所は秘密なんだけど、ここにきたらまた食べさせてあげる。ここのこと、誰にも言わないでね」リーダー格の女子に口止めされたところでチャイムが鳴り、私たちは教室に戻った。

 

それからというもの、私は休憩時間になる度に石榴のもとに通った。

初めて食べた石榴が美味であったことに加えて、学校で秘密の果実を食べていると言う背徳感が私を昂らせていたように思う。しかし、そんな時間は長くは続かなかった。

しばらくするとどこからか噂が出回り、石榴の評判を聞きつけた多くのクラスメイトが押し寄せるようになったのだ。やがて上級生までもが出入りするようになり、会員制のバーのような場所であった体育館裏が、石榴ジャンキーの溢れるさながらアヘン窟のような場所に成り下がってしまった。

やがて石榴は食い尽くされ、文字通り自然消滅する形となった。

 

先日、友人と吸い込まれるように入ったバーで石榴のカクテルを呑み、そんな記憶が蘇ってきた。

 

次の日、スーパーに行くと石榴が売っていた。今までは全く視界に入っていなかったその果実が、懐かしい旧友のように思えてきて、気がつくとカゴの中に放り込んでいた。税抜き398円、果物の相場なんてわからないが、意外と高級品なんじゃないか。

 

家に帰って買ってきた石榴を真っ二つに割る。

真っ赤な粒が不規則に並ぶ様は美しい宝石を想起させるが、同時にかなりグロテスクでもあり、集合体恐怖症の人なんかは卒倒するかもしれない。

半分になった石榴に大胆にかぶり付くと、真っ赤な果汁が飛び散って口内に広がった。

うむ、懐かしい味だ。そう思って2口、3口とかじったが、すぐに味に飽きてしまった。

やはりこれは1日に数粒しか食べられない禁断の果実であったからこそ、小学生の頃の私はあんなに美味しく感じていたのだ。

 

久しぶりに食べた石榴は私にとって様々な意味で甘酸っぱいものとなった。

 

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